真白いものが舞い降りては消えて、舞い降りては、消える。この世が終わりという時にも空はこれを
白いまま降らせるつもりなのだろうか。そうなると憎いとしか言いようがなくなってしまう。ふっと
苦笑してから誰の足跡もない銀世界に自分がいたという証をゆっくりとつけた。さく、と白いもの独
特の音が微かに聞こえたので振り返ると今の世界にはとても映えるといえる漆黒の黒髪をもつリナリ
ーが立っていた。どうしたのだろう。いつもと様子がおかしい。首を傾げてどうしたんですか?と言
うと俯いたままふるふると首を振り、顔を上げてにこりと笑った。
「リナリー?」
呼ぶと優しい笑みのまま彼女は片手を上げて左右に振り、くるりと僕に背を向けて駆け足で行ってし
まった。何だったのだ?今のは。脳内には疑問の念しかない。今の彼女の笑みはいつもと同じだった。
けど、どこか、どこか違う気がした。どこだと聞かれたら答えることはできないけれど。どこか、ど
こか、違う気が、した。ひゅうと団服の隙間から冷たい風が吹いて肌を優しく撫で上げる。それに少
し身震いをしてホームとなる教団へ帰るため足を動かした。
「アレンくん。」
「あ、コムイさん。どうしたんですか?任務ですか?」
教団に着くなり迎えてくれたのはあのコムイさんだった。帽子を深く被り、顔を伺うことができない
がいつもと違うのは一目瞭然だ。どうしたのだろう。聞こうと口を開くと「ついて、きて。」とだけ
言って彼は奥へと進んでいってしまった。何なんだ?さっきのリナリーといい、コムイさんといい・
・・・兄妹揃っておかしいなんて何かあるのか?、まさかドッキリとか・・・。いや、そんな馬鹿げ
たことがあってたまるか。頭をぶんぶん、と左右に振って馬鹿な考えを全て消し去ると前にいる彼の
足がぴたりと止まった。
「、こ、此処って。」
「入って。」
問いかける暇も与えない。扉の取っ手に手をやりゆっくり引っ張るとギギ、と寂れた音を出して扉は
僕等を受け入れてくれた。暗いな。第一印象はそれだけ。足を一歩一歩前へと進めていく内に見えて
くるものは巨大なガラスで埋められた壁。壁といってもその辺りは小さなチャペルのようになってい
て足を踏み入れづらいと直感で思い足が自然に止まった。
「あの、」
「リナリー。アレンくんだよ。」
僕の言葉を遮るように口を開きながらコムイさんはさらに奥へと進んで言った。リナリー?リナリー
がどこにいるんだ?彼の頭が壁となっていて見えないため体を少し傾けて覗いてみる格好になる。見
えたものは黒い箱。否、棺だ。暗くてよく見えなかったが止まった足を動かすことで棺の周りに人が
いるのがわかった。どんどん近くなる距離。見知っている人達の後姿ばかりだ。僕が来たのにも気付
かないで背をむけて肩を震わせている。どくん、と心臓が高鳴った。警戒音。行くな。行きたくない。
止まれ、止まれ止まれ止まれ・・・心の中で言い続けるが足が言う事を聞かない。鼓動が速くなる。
立ち止まったコムイさんがさぁ、と僕の背中を押して棺と向かい合うようにした。現実か幻か。首を左右
に振って嘘だと呟くと手で顔を覆ったコムイさんが小さな声で嘘じゃない。これが、現実だと言った。
がくん、と膝が折れて棺の中の人物の頬を震える指で触る。冷たい。白い綺麗な肌がさらに白く透き通っ
ていてまるで外で降っている雪のよう。頬を赤くして僕に思いを告げた時の君が嘘みたいだ。唇をかみしめて
折れそうな細い腕の手の平をそっと手にとり、自身の頬に当てる。冷たい。幻。現実。幻と望みたい。誰
かこれは幻だと言ってはくれないだろうか。この冷たい手の平が直に温かくなってはいかないだろうか。
この人はもう、彼女はもう、喋らない。笑わない。目を覚まさない。脳内で必死に現状を理解しようとするが
不可能なことで。逆の手でまた彼女の頬に触れて、言う。起きてください。けれどいつものようなソプラノじみ
た何?という声は全く聞こえない。冷たい手をさらに強く握り締めて目を瞑る。
「一人で、戦ったんだ。」
「・・・・。」
「一緒にいたファインダー達が怪我を負っていてね、守ろうと一人で戦ったんだ。」
「・・・・。」
「雪の中、ただひたすら立ち向かっていったそうだよ。」
ゆっくりと瞼を開けて少し後ろに立つコムイさんの名を呼んだ。一人で戦ったんだ。その言葉が頭でリピート
されている。ぐるぐると。弧を描いて。彼女の手を頬から外して胸の前で組む形にした後、立ち上がって声を
出した。リナリーは、使命を成し遂げたんですね。ずっと。言い終わった途端、周りの人の噎び泣きが大きくなった。
悔やんでいるのだろう。悲しいんだろう。ぎゅっと両拳を固く握りしめて込み上げてくるものを我慢する。彼女は
成し遂げたんだ。自分の使命を。声に出して彼女の名前をもう1度呟くと同時に涙は躊躇うことなく零れ出た。
眠っている彼女の方にまた体を向けて屈みこみ、開かれることのない瞼に唇を落として十字をきって祈った。
どうか、安らかに.。
団服のコートのフードを頭に被せて僕は一歩下がり、少し頭を下げた。そして振り返りコムイさんの横を通り過ぎる。
帽子を強く手で握りしめて隠すように彼は目から涙を零していた。自分も同じだ。隠すようにフードを被って涙を流して
いる。彼女は仲間だから。彼女の前で涙を流すことは許されないことだ。扉から出る時僕はもう一度振り返った。アレン
くん、どうしたの?そう、彼女が言ってくれる気がしたからだ。また優しい笑みを見せてくれると期待していたからだ。
そんな期待は捨てろとでも言うようにチャペルの真上からは光が差し込んで、彼女は起き上がることもなく、ただ横たわっていた。
外に出て上を見上げる。白い白いものが舞い降りては消えて。舞い降りては消えていた。手袋をしていない手の平を見てみると白い
ものがゆっくりと降りてきていて。ゆっくりと指を折り曲げてからまた広げると跡形もなく消えていて。それはまるで彼女のようで。広げた
手の平を強く握り締めては唇をかみしめた。はぁと息を吐くと白い気体となって姿を現す。目線を拳から上にして思い浮かぶのは彼女。
白いものと同じで綺麗なまま消えていった彼女。もう一度はぁと息を吐くとバカだなという言葉が出た。
「・・・僕に会いにきたならお別れくらいさせてくれればよかったのに。」
先程の彼女はきっと息を引取った後だろう。わざわざ会いに、外に、来てくれたのに。僕は何も言えなかったし何より、気付けなかった。
広げられた手の平に落ちる白い雪。世界に舞い落ちる白い雪に向かって一言呟くと同時に目元から零れた涙は頬を伝い落ち、足元に
広がる銀世界と一緒になった。どうか、
「、安らかに、眠ってください。」
K
iss
M
e ,
G
ood bye...
2006.3.29
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