カーディガンだけでは寒い季節になった。木枯らしが横を吹きぬけて所々にある木の葉を散らしていく。茶色いその葉はゆらり、ゆらりとゆっくりと地に落下してとどめだ!とでも言わんばかりの風に再び攫われた。同じように私の髪も攫われて透き通ったような青い青い空に映る。日の光を浴びて茶色が金色と呼べるくらいになっていた。胸のあたりまである髪を指でくるくると弄る。そろそろ染め直さないとな。髪を弄っては思った。


「?」
「丸井。」


呼ばれて振り返って真っ先に目についたのは真っ赤な色。それも日の光を浴びて赤とは呼べない、言葉では表しにくい色になっていた。「どうしたの?」「それはこっちのセリフ。」そう言いながら私の隣へと来てはあぐらをかいて座った。丸井は寒いのかカーディガンだけではなくブレザーも着ていた。ちゃんと学校指定の、をだ。偉いなぁという目で見ていたら気付いたのか向こうが何だよと言ってきたため思ってたことをそのまま口にした。


「俺いちお、テニス部ですから。」
「へー知らなかった。大変だね。」


え、ウソまじで。丸井の反応に首を縦に動かす。マジかよー俺ちょっとショックーとか言いながら丸井はごろん、と横になった。灰色のコンクリートと赤が混じって何だか血のように見えてきた(殺人事件現場、みたいな)怖い怖い。冷たい風が露出している箇所を攻撃する。カーディガンの袖で指先を覆ってはこの後の授業どうしようかなどと考えていた。


「なぁ。」
「何?」
「お前何でそんなんなわけ?」
「は?」


睨むと本気で驚いたのかバカ違ぇよそういう意味じゃねぇって!と慌てた声を出す。じゃぁどういう意味?丸井の方にちゃんと目を向けて問いただす。問いただされた方はよくわかんねぇけどー何か、なんて意味のわからないことを口走っていた。何この人。少し軽蔑の目で見つめると丸井の腕の何かがキラリ、と光ったので目が細まる。よく見てみて自分好みのクロスつきのシルバーのブレスレットということがわかった。


「何?」
「それ、カワイイ。」
「どれ?」

指を指すとわかったのかしばらくそのブレスレットを見つめた後私の目をちらりと見てから欲しい?と丸井は言ったため素直に驚く。欲しい?そんな言葉を言ってくるなんて思いもしなかった。戸惑っていると彼はにやりと笑ってウソだよバァカと私に言う。戸惑いが脳から即効で削除されて代わりに怒りが脳内で暴れ出してきたのがしみじみと感じた。本当何なんだこの人は!


「怒った?」
「当たり前。」
「ゴメンて。そんなに欲しいならやるけど。」
「いい。」


ふい、と顔を反らす。私の反応にはぁとため息を吐いて丸井は上半身を起こそうと灰色のコンクリートに力なく横たわっている両手に力をいれた。よっこいせ。親父くさ。うっせ。起き上がったと思えば私の顔をじっと見てくる。何?少々引き気味になりながらも声を私は思った言葉を声に出し見えない超音波に乗せた。ふーん、と呟いて丸井はまたごろん、と体を灰色のコンクリートにくっつける。何なの本当に。


「俺お前のスッピン見たことねぇ。」
「は。」
「見せて。」
「冗談やめて。見せないし。」
「何で?カワイイじゃん。」


丸井の方を向いていなかったが今の言葉でぐるりと顔を彼の方に向き直す。今何て言ったコイツ?カワイイ?誰が?信じられないという表情で丸井を見ていると伝わったのか(わからないけど)首を傾げながら化粧しててそんだけカワイイんだからスッピンもカワイイだろとまるで先生に当てられてその答えはAの何々です、と答える生徒のように自然に丸井は言った。は?!思わず出た大声に口を押さえる。しまった。今は授業中だ。

「何でそんな驚いてんのが俺わかんねぇんだけど。」


私の行動にくっくっとさぞ可笑しそうに笑いつつ丸井は言う。カワイイとか本当ありえないから。むしろそんな冗談やめて。まともに丸井の顔を見ることが出来ない。多分私の顔は真っ赤なはず。恥ずかしいとかそんな気持ちじゃなくてただ単に彼の言葉に対する疑いが頭の中を占めていた。カワイイとかまじ、ないし(ってか普通ブサイクだからこそ化粧してごまかすんじゃないの?)


「お前ほっせーなー。ちゃんと飯食ってる?」
「ちょっ」


いつの間にか上半身を起こして私の手首を丸井は掴んでいた。うわっお前俺の親指と人差し指くっつく!ヤバイって!訳のわからないことを口にして丸井派一人で勝手に盛り上がっていた。全く私に怯まない異性は初めてのことでここまで自分に入ってこられるとこっちがどうしていいかわからない。心臓の鼓動がどんどん速くなるのを頑張って気付いていない振りをして離してよと声をやっとの思いでふりしぼった。


「そーいやお前髪染めてんの?」
「地毛なわけないでしょ。アンタもでしょ?」
「まぁ、そうだけど。」


胸あたりまである髪を指でいじる。(傷んでる・・・)既に金髪と化しているこの髪をどうにかしないといけない。丸井を見ると綺麗な赤色だった。何でそんな綺麗に染まるのかがわからない。うらやましい。もしかしていい美容院とか知ってるんじゃないか。後で聞いてみよう。風がさらり、と私の髪に触れてくるくると踊りだす。少し強い風だったので思わず目を瞑ってしまった。


「風、つよっ・・・」


瞼を開くと自然に体が止まる。何故かって?彼が、丸井が、真剣な面持ちでこちらを見ているからだ。視線を反らせない。ゆっくり距離を縮めたかと思うと唇に何かが触れた、気がした。上空に広がる青の天井はまるで今起こった出来事を前から知っていたかのように私達を見守っていて。すぐ傍にある丸井の目は私が見たことのない、知らない、目だった。


「・・・・・。」
「、悪ィ。」
「・・・・・何で、」


こんなことしたの?そう聞きたかったけど聞けなかったのは丸井がいつもと違う風に映ったからだ。どうしよう。心臓がおかしい。何で私はこんな奴なんかに・・・・。風で流される髪を耳にかけるとその腕を丸井に掴まれた。視線を顔に向けると彼のカーディガンの袖から覗くシルバーのブレスレットがきらりと光る。


「。」
「・・・・・」
「俺、」
「え・・・」
「お前のこと、好きみてぇ。」
「・・・・・は」



目が合ったと思ったのがいけなかった。ぐい、と掴まれた腕が引っ張られると丸井との距離が一気に縮められて両手が私の両肩それぞれに下ろされた。ここで拒否すれば私はこんな奴と付き合う気はないということになる。でも、拒否できないのは私が丸井に惚れている証拠なんだろうか。

唇が離れると恥ずかしさが一気に身体の内全体に駆け巡ってしまい、多分今の私の顔は真っ赤だ。近い彼の目を見ないように視線を下にしているとぷっと噴出す声が聞こえたためじろり、と睨む。


「・・・丸井。」
「だってお前反応素直すぎ。」
「な!」
「反応が素直なご褒美にいいこと教えてやるよ。」
「?」
「俺がこのブレスレット買った理由。」
「そんなの別に」


にっと笑うと耳元で彼は囁いた。その言葉で私は彼の髪に負けないくらい赤くなったと、思う(けど知らない!)



きらり、光る



「お前がこーゆーの好きって知ってたから。」



(「あらら。本当にくっついちゃいましたよあの二人。」「俺が最初に気付いたんにねぇ。アイツが好きそうだって。」「え、そうなんスか?じゃぁ仁王先輩、先輩のこと・・・!」「いんや、それはない。」「、アレ。」)


2006.12.28