ひゅうと横から吹いてくる風が身にしみる。寒い。下に見えるサッカー部の少年やランニングをしてい る少女等(って言っても同い年だけど)を見てあぁ偉いなァって正直に思った。後ろのフェンスにもた れかかるとガシャンッっていう音がして早くしろよと私の心を急かす。うるさいな。心の準備ってもん が必要なの。下をじーっと見ながら片足を前に出す。風がやったーって喜んで出した足を遊ばせた。ぶ らぶらと左右に揺れて。風も急かすのかと内心憎くなった。私が両手を離して一歩前へ出たらどうなる でしょう。静かに落ちるんだよ。それで青春をしている少年少女等が叫ぶの。「人が落ちた!」って。


「うわ。」



顔だけ振り返ると真っ先に目に入ったのは紅い髪。丸井だ。丸井ブン太。テニス部でレギュラーで。き っと悩みなんかないんだろうな。視線が合ったがすぐに私からふいと反らした。


「いや、お前ちょっと。」
「何。」
「え、あの、何をやってるんですか。」


少し怯んだ声で言う彼に私はふっと微笑んで言い放った。落ちるの。は。ポカンとした顔。持っていた アイスが地面に落ちて気温のせいか瞬く間に溶けた。あーあ勿体無い。すぅ、はぁと深呼吸をもう1回 する。よし。大丈夫。



「ちょ、ちょっと待て。」
「、何。」
「おま、落ちるって、え、マジ?」
「うん。マジ。」


驚いた顔の丸井を見るのは実を言うとレアなのかもしれない。最後の運をこれで使い果たしたから私は 落ちたら死ぬな。なんて、考えながら丸井に対して口を開く。だって、生きてる意味わからないし。


「・・・・死ぬ意味もなくね?」


そういえばそうだ。死ぬ意味もないんだ。けど、いいや。もうここまできちゃったし。丸井。何だよ。 ばいばい。え。フェンスから手を離し私は足を一歩前へ踏み出した。


「・・・・アレ。」


地上への落下距離は見た目は結構あるけど落ちてみるとそんな大した距離じゃなくてあっという間なん だろうな。私の予想は正しくて。目を閉じて前へ足を踏み出して次に目を開けると私は異界にでもいる んだろうななんてこと考えていたりしてたのに。のに。開けて見えたのさっきと変わらない青い青い空 で。


「、私、」
「っこのバカ野郎!」


声を発して見たら丸井に怒られた。妙に息が切れていて肩で呼吸をしてるってことが丸わかりだ。目だ け動かして何でと言ってみると何でじゃねェそれはこっちのセリフだバカ野郎がとまた怒られた。私は 落ちたハズなのに。今頃、一人で知らない世界にいるハズなのに。どうして、丸井がいるんだろう。


「おまっ、何が、あったか、しらなっ、けど!」


呼吸を整えているから途切れ途切れだ。腕が痛い。上半身を起き上がらせて周りを見渡すとさっき丸井 が持ってたアイスの袋が落ちている。勿体無い。ぼうっとしながらアイスが溶けていくのを見ているとべ しっという音がした。痛い。頭を叩かれたのだ。誰に?丸井に。叩かれた箇所を押さえて丸井を見るとお 前は本当のバカだと言われた。誰が?だからお前。


「何で。」
「飛び、降りんな本当に!俺がいなかったらお前今頃あの世!」


あの世。上を見上げると広がる真っ青な世界。その世界の向こうにある世界。それがあの世。ただそれを その世界を知りたかっただけなのに。生きる意味を知りたかっただけなのに。だから飛び降りたのに。頬 に何かの温度を感じた。顎のラインを綺麗に伝ってそれは私のスカートに落ちて滲んで消えた。これは何 だろう。


「・・・・お前さ。」
「・・・・あ。れ。」


ぼろぼろと流れてきて私のスカートをそれは濡らしていく。季節のせいか涼しくなることはとても結構な ことなんだけれども嫌だ。「泣く」ということが嫌だった。はぁと大きくため息をついて丸井は私の頭を ぐしゃぐしゃっと撫でて言った。生きた方が絶対面白ぇって。笑顔で。その笑顔のせいでどれほどの女の 子がコイツに惚れたんだろう。きっと星の数ほどに違いない。


「、何すんの。」
「何が?」
「髪。」
「え、あ、悪ィ。」


別にいいけど。そう言うとそっか、と上半身を起き上がらせ私と同じ姿勢になった。足を前に伸ばして 無防備に顔を上に上げる。雲がゆっくりと動いていて蝉の声がうるさいほど聞こえて。あ。何、どした?


「・・・わかったかもしれない。」
「何が?」
「生きる意味。」
「何?」


にやつく顔を必死で隠して内緒、と私は呟くとはァ?と返ってきた。その反応に得意気な笑みで返したと 同時にチャイムが聞こえたので立ち上がる。ぱんぱんっとスカートについた砂や埃を払って伸びをした。 屋上の出口へと向かうとおい待てお前!と声が聞こえたのでくるりと振り返り口を開く。


「私。助けてくれて、ありがとう。」






「生きたい」



って言った青い空






2006.3.28