空が茜色に染まる。窓を開けているせいか隙間から隣にある体育館の威勢のいい声とボールの音が聞こえてきた。ちらりと上にかかってある時計に目をやると6時半。そろそろかな。そう思い読んでいた本を元の場所に戻して図書室を出た。
体育館に近づくにつれ、ボールの音、部員の声が大きくなってきてみんな頑張っているんだなということが実感出来る。外の渡り廊下にさしかかると反対側から背の高い人が歩いてくるのが見えた。
校長先生も隣にいて仲良く談笑していたため一応会釈をしておくとご丁寧に返してくれたので驚きながらも体育館へと足を速めた。今の誰だったんだろう。制服着てたから高校生・・・だよね多分。けど全然同い年には見えない。・・・・OBの方かな。体育館の扉に手をかけて思いっきり大きな音を出すように開けると終わりの号令を監督がかけていていいタイミングと我ながら感心して少し笑ってしまった。
「魚住さん。」
「、。来てたのか。」
「ハイたった今。お疲れ様です。」
たくさんの汗をタオルで拭いているところを後ろから声をかけても邪険に扱うことなく丁寧に返してくれる。今日は一段と厳しかったみたいですねと言うと試合が近いからなと先輩は言った。本人は普通に言っているつもりだろうがそんなことは全くない。闘志を秘めていることが声色で丸分かりだ。でも本人にこのことを言うつもりはないのでいつものようにそうなんですかと言っておいた。
「アレ。」
「お疲れ様。越野。」
「どうも。お前はアレか。仙道?」
「うん。」
頷くとうらやましいねー全くと呟きながら越野は背後の方を親指で指をさすのでそちらに目を向ける。あ、いた。お目当ての人を見つけた。ありがとうとお礼を言って少し早歩きで彼に近づくと向こうも気付いたのか片手をあげてくれた。お疲れ様。あぁ。首にタオルをかけてポカリかアクエリかわからないけどどっちかが入ってるだろうと思われる水筒(って言わないと思うけど)を飲んでいた彼の隣にスカートが皺くちゃにならないよう上手く座る。
「今日は一段と厳しかったんだってね。」
「魚住さん?」
「そう。図書室にいたんだけどいつもより声が気合い入ってるように聞こえたから。」
「そっか。」
笑う。私も笑い返す。あ、そういえば。さっきの人のこと、聞いてみようかな。思ったことはすぐ口に出してしまうので彼にねぇと声をかけるとん?と疲れているだろうにちゃんと返事をし返してくれる彼(魚住さんもだけどね)をやっぱり愛しいと思ってしまった。重症かもしれないと苦笑しながらさっき制服着た高校生とは思えない人が体育館来てたみたいだけど誰か知ってる?と言ったら空気が一変に変わった、気がした。
「どんな奴?」
「えと、色黒ですっごく背の高い人。校長先生と仲良さそうに話してたから一応会釈したんだ。」
ふーん。手に持っていた水筒にまた口を近づけて考えるような声を出す。あ、知ってるな。直感でそう思った。私は彼といつも、と言っていいかはわからないけど極力一緒にいる。なので嘘をついているとわかってしまうのだ。ちらり、と彼が私の背後にいる魚住さんに目を向けるのに気付いた。先輩に関係する人なのかな。首を傾げるとふっと微笑んで彼は口を開く。
「牧さんだよ。それは。」
「牧さん?・・・・海南の?」
海南。越野から前聞いたことがあった。打倒海南なんだ、と。だから空気が変わったんだ。ぴんと糸が張っていていつ切れてもおかしくない、緊張状態の空気。折り曲げていた膝を伸ばしてスカートの後ろ、前を叩く。ぱんぱん、という音をわざと出して空気を和ませるように。私、先帰るね。え?
「まだ練習する気でしょ?」
「、」
「私のことは気にしないで。越野も、先輩も、」
後ろにいる魚住さんの方に顔を向けて意を決して言い放つ。仙道も打倒海南、でしょ?言い切ってから私何もわかってないくせにこんなこと言っちゃって・・・どうしようと少し焦りが募った。ぽかんとした彼等の顔。私やっぱり変なこと言っちゃった・・・?焦りが本格的になってきたら魚住さんが立ち上がってボールを手に持った。バウンドしたボールから手を離すとボールは綺麗に弧を描いてゴールのリングの中に吸い込まれていく。映画のワンシーンみたいで私の目も吸い込まれてしまった。ボールが一瞬大きな音を出して床にころころと転がっていくのが合図のように休んでいた部員達がどんどん立ち上がってボールを手にもった。私の横にいた仙道もその中に少し遅れながらも混ざって、と呼ぶ。
「な、何?」
「先帰るのは危ないから、待ってろ。」
「え、でも」
私、邪魔でしょ?と言おうと思ったら越野のバァカという声が聞こえた。失礼だなもう。むっとした顔を越野に向けると呆れた表情で笑う。何でそんな笑ってるんだろう。私邪魔でしょどう見ても。心の声が聞こえてしまったのか魚住さんは首を横に振って言う。邪魔じゃない。
「仙道、お前が見てるほうが調子いいみたいだからな。」
「越野。」
「本当のことだから仕方ねぇだろ。」
「・・・・まぁ、ね。」
参ったな。とぼけるような顔をしたと思ったら私の方を見てそういうことだから、待ってろよと言ってボールをバウンドさせて行ってしまった。参ったな。それは私のセリフだ。彼にそんなこと言われたの初めてだから仕方ないと言ってしまえば仕方ないんだけど。いつもの彼だけでも鼓動が高鳴りっぱなしなのに練習中の彼を見たら心臓が壊れるかもしれない。途端、スゴく恥ずかしくなって顔を俯かせ頬に手をやるとかなり熱くなっていた。これで試合中の彼を見たら私は死んでしまうかもしれない。彼は毒をもつ赤いリンゴだ。
白雪姫
2006.3.28