ドッペルゲンガー
下校時刻だから帰りましょうという報告が何の曲だか忘れたけど絶対知っていると思う音と一緒にスピーカーから流れている。ずずっと鼻をすすると誰もいない教室なので妙に響いた。一番前にある窓が少しばかり開いているのかひんやりとした冷気がたまっている室内にもわっとした暖気がたまに混ざって何とも言えない空気が私の肌に触れてくる。潮目ができる。暖流と寒流の境目だから。漁師のおじちゃんがスゴく喜ぶだろうな。電気もつけてない教室に一人顔を机に押し付けている少女。ドラマだとそろそろ好きな人が来て「あ・・・。」みたいなシチュエーションになるんでしょうね。またずずっと鼻をすする。顔を起き上がらせ頬にはりついた髪の毛を手でとってぱちん!と頬に自分で喝をいれた。頭の中で思い出す彼の言葉は散々泣きはらしたのにもかかわらず涙腺を刺激して再び頬に涙を伝わせる。「くそったれめ。」と呟いてからもう1度私は机に顔を押し付けた。


「何してるの?」


私以外の声が聞こえたので顔をあげてみると風紀委員という腕章が目に入る。しまった。見つかった。しかも委員長に。委員長はドアに背を預けるような形で私を見ながら「せめて電気くらいつけたら?」と言って教員机の手前側の壁にある電気のスイッチをパチッとONの方向にした。一瞬の内に暗闇が明るさを取り戻して教室に窓の向こうの夕焼けに負けないくらいの光が灯される。嫌だ。見られたくない。委員長が何だ。同じ人ってのは変わりないんだ。そう思って顔を机に押し戻すと私の思いが彼に通じたのかはぁと盛大なため息を吐いてから「帰る時、応接室に来て。」とだけ言い残し茶色いドアを閉めた。思考回路がショート寸前♪と歌い出したい。予想していた彼から出てくる言葉は全く違うもので。驚きのあまり涙が止まった。頬をつねって夢か現実かを確認してみる。「痛っ!」と正直な声が私から出てきたので夢ではないということが判明出来た。私は委員長と接点がないというわけではないけれどないと言っても大丈夫なラインにいて彼も私のことを知るはずがなくてあぁもう訳がわからない。頭を押さえ込で下を向くとぽたりと涙が私の目から零れて机の表面を潤した。何でこんな時に涙が出てくるんだろう。おかしい。何で何で何で何で何で。答えは永久にわからない。答えを見つけたくないからだ。委員長の後姿を目にした途端、涙が目にうっすら浮かんでいたのに我慢してたのは明らかで。


「・・・・、似て、た、から。」


言葉を聞いて思わず口を押さえた。そうだ。委員長は、彼に、委員長の後姿は彼の後姿に似ていたのだ。だから涙が出てくるのか。また彼に捨てられたかと思ってしまったから。バカだ。そんなことあるわけないのに。拳を握りしめて唇をかみしめる。涙を極力流さないための努力。けれど効果は全くなくて、止まることを知らないようにぼろぼろと涙は出てきて私の頬を濡らしていく。


「何で泣いてるの?」
「、いい、んちょ、う。」


また私以外の声が聞こえたので下を向けていた顔を上に向けると彼と確かにと視線が交わった。途切れ途切れに言った言葉は間違いなく彼の耳に届いていて。違うのに。委員長は彼ではないのに。「何で?」と委員長は泣いている私にお構いなしにずい、と近づいて聞いてくる。「え、と、」と答えに詰まっていると腕を引っ張られて「わぷっ」という声と一緒に視界の中は白でいっぱいになった。


「え、」
「・・・・・。」


それが委員長のワイシャツだと気付いたのは彼が私を胸板にさらに押し付けたからだった。暫しの沈黙。それを破ろうと口を開くと委員長の声が微かに耳に届いたので何も言わないでおく。


「、今度からは応接室においで。」
「え?」
「待ってる。」


彼がふっと微笑んだかのように見えたのは気のせいだろうか。委員長が私から体を離す瞬間した匂いに鼻がツンとする。ああもう。何で香水まで一緒なんだろうか。彼と委員長は似すぎている。双子のようだ。「じゃぁね。」と言って委員長は教室から出て行き、扉を閉めた。ガラガラという声を出してドアは廊下と教室の間に壁を作った。これは、この意味は。自惚れてはいけないとわかっているのに。でも彼は風紀委員長で。とっくに下校時間は過ぎてるわけで。けれど彼は何も言わなかった。「早く帰れ。」との邪険な言葉は一つも言わないで逆に私にとって最大の事件となるほどの言葉を言い残して去っていった。自惚れてもいいのだろうか。本当に。委員長は彼に似ているけれど彼ではなくて。私は彼が好きだった。けどやっと今意味がわかった。私は「彼」が好きだった、けれども本当に好きなのは「委員長」、だ。先程彼に言われた言葉の意味がわかった。『お前は俺の事を好きなんじゃないよ。』彼はわかっていたのだ。わかっていたのに私に付き合ってくれていた。今度お礼をしなきゃいけないなと思いながら委員長が閉めたドアを見て私はまた頬を涙で濡らした。




ドッペルゲンガー