「、ラビ!」
瞬間、視界に映ったものは血だらけの自分の手と闇に引き込まれていく彼の姿だった。
視界が霞む。
此処は何処だろう?
確認するため目だけ左右に動かしてみる。見慣れた天井、家具。
あぁ、そうか。此処は自分の部屋、だ。
「・・・・夢?」
背筋が寒くなる。
闇に飲み込まれていく彼を私は救えなかった。
ただ泣いて彼の名前を呼ぶことしか出来なかった。
彼が何処かへ行ってしまう。
驚怖心に何故か絡まれる。必死に取り除こうと私は薄手のカーディガンを羽織りドアの取っ手を捻った。
ロビーへ自然と足が進んでいた。彼がいると思ったからだろうか。
自分が何をしようとしているのか、何を考えているのか、さっぱりわからない。
ソファに座ろうと顔を覗かせると、予想していたはずなのに目を丸くさせてしまった。
彼が、いた。
夢の中に出てきた彼が。
本を読んでいたのか、顔を本で覆わせてソファに横になり気持ち良さそうに眠っている。
「・・・、」
話しかけようか、話しかけまいか。迷う。一瞬出してしまった手をゆっくり引き戻し彼の前に膝をつき間近で顔を眺めた。
子供のような寝顔。思わず頬が緩んでしまう。
そっと手で彼の髪に触れてみる。任務の連続で疲れているのだろう。いつもなら起きるはずが今回は安らかな寝息をたてて眠っている。
脳裏に浮かぶのは夢の中の彼。
何も出来なかった。ただ名前を呼ぶだけで何も。
静かに涙が頬を伝う。
毛布もなにもかけていない彼の手に落ちたので冷たい手がさらに冷たくなったように感じた。
行ってしまう。このまま彼が、目を覚まさずに行ってしまう。
「ラビ。」
答えるわけがないのに名前を呼ぶ。
呼んでいないと不安になってしまうから。瞬きをした瞬間彼が消えてしまうかもしれないから。
私は名前をもう1度呼んだ。
当たり前だが彼は答えない。寝ているのだから。
「・・・、ゴメンねっ」
何も不安になることはないのに。彼はいつも、いや今、此処に私の目の前にいるのに。
いなくなってしまうのではないか。消えてしまうのではないか。
人魚姫が泡になったように彼も泡になり何もかも失くなってしまうのではないか。
明日になったらいないのではないか。
そんな考えが脳裏に次々に浮かんでくる。
こんなことしか考えられない自分が大嫌いだ。
「・・・何で、泣いてるさ?」
「!」
急に髪に触れていた腕を掴まれた。視線を辿ると彼の顔に辿り着く。
真っ直ぐで綺麗な、眼。
彼は私の腕を掴んだまま上半身だけを起こし視線を私と同じにする。
そして、呟いた。
「リナリー。」
私の名前を、呟いた。
望んでいた言葉。もう二度と聞けないのではないかと思った声で。
彼の声が脳内に響き渡り涙腺を再び刺激する。
「俺はどこにも行かない。」
「・・・。」
「不安になることなんか、何もないさ。」
「・・・うん。」
下を向いたまま彼の胸に頭を寄せた。そうしたかったから。
涙が彼の服に吸われゆっくり、ゆっくり模様のように広がっていく。
彼は何処にも行かない。温かい。それが彼が此処にいるという証拠の一つになるだろう。
彼は何処にも行かない。
此処に、私の傍に、いる。
確かめるように私は彼の服を手で掴んだ。
Where do you go?
2005.11.14
2006.11.18 タイトル変更